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変えるというのは、「あほくさ」という感情との戦い(笑)

 もう11月ですね。あと2ヶ月で今年も終わりです。

私にとって、いったいこの1年何やってきたんだろう?と頭を抱える時期でもあります(笑)

ある意味学習能力ないなぁと我ながら思います。

 さて、今回のテーマは変えるときの「情熱」について

 昔から、仕事として色んなことを変えながらやってきましたが、この長い間取り組む中で何が大変だったのか?ということを考える機会がありました。

 色々と考えましたが、実は相手の抵抗でもないんですよね。

 それは自分の中の「あほくさ」という感情。関西弁かもしれませんが、「馬鹿馬鹿しさ」という感じですかね。

 私の中では抵抗に負けた勝ったという感情も全くないんですね。

 自分の中にある「あほくさ」となってしまう感情と、今パワーをかけている(だって、自分の貴重な生きている時間を投入している訳ですからね。)時間と比較をした時に、「あほくさ」という感情が出てきたときが一番危ない。急に冷めてしまう(笑)

 特に一生懸命パワーを投入しているということは、それだけ熱中しているわけですから情熱を持つことが出来ます。多少の長時間労働だろうが何だろうが構わないわけです。(そもそも情熱を投入している訳ですから、労働とも思っていません。私は時間の切り売りをして働くという感覚でやっていないので)

 ところが、変えるというのはそう上手く行かないこともありますね。それは仕方ないですし、自分のやり方を見直してやるしか方法はないわけです。相手を変える前に自分を変えろと、昔説教された経験ありませんか?(笑)

 別にこれはふわっとした「経験に基づく年寄りの教え」でもなく、ロジックとしても正解だと思っています。

 が、これは自ら信じ切れる未来像があるという前提でもあります。

 最初はこれが周りとのギャップは相当あります。これもわかりきっていることなんですね。だから色んなことを駆使して、そのギャップを埋める必要があります。

 しかし、変える対象の未来像を誰も思っていない(必要だと思っていない)のであれば、もうこれは情熱を投入する意味合いなんてないわけです。それに気付いた途端に、「あっ、ここでやる意味ないわ。場所変えよう」みたいな感情が生まれてしまう。

 魚のいない漁場でいくら釣り竿垂れても無意味ですし、投網をしても意味が無い。

 「魚を育てることから」という意見もありますが、育てていてはそれ以前にもっと外部環境が変わってしまうリスクもある。

 その変化スピードと自分の感情変化のスピードとの戦い(笑)

 人によっては「仕方ない。やりすごそう」となるケースもあるのかもしれませんが、私の場合はそれすら面倒になってしまいます(笑)

 ずっとやり過ごしてきた人と仕事しても、正直面白くないですし。だいたいそういう人の話も面白くないと思ってます。

 そう考えると、情熱を持って休み無く政治に取り組んでいる政治家さんなんか見ていると、本当にすごいなぁと尊敬してしまいます。

 皆さんは如何ですか?